聖福寺の発祥


 今から370年ほど前の寛永初期。諸国行脚の一人の青年僧が足を留めたのが堅田の地。「此処こそわが修行と布教の地」と心に定め、庵に投宿して修行に入りました。
 当初は無関心だった里人たちも、仏の無辺の教えを説く青年僧の敬虔な姿と、他人のために身を挺(てい)して尽くす真心の明け暮れに、心がほぐれ信頼が増し、修行の場「法雲庵」と青年僧がかけがえのない宝、心の拠り所となっていきました。
 この青年僧こそ、延宝5年(1677)8月15日に生涯を閉じるまで、栄達を求めず、堅田の里人の中にあって墨染めの衣で通し「偉くてやさしい和尚さん」として慕われた、聖福寺草創『一株祖典(いっちゅうそてん)禅師』だったのです。
 伽藍を整備し、法雲庵の後進となる聖福寺を創建するも、自分は開山とならず、師匠の夾山東寛(かっさんとうかん)禅師(1639年寂)を開山として請うているのも一株禅師の人柄が偲ばれます。
 
  歴代祖師
開山  夾山東寛禅師(かっさんとうかん)
草創  一株祖典禅師(いっちゅうそてん)
二世  荊山祖圭禅師(けいざんそけい)
三世  天霊智巖禅師(てんれいちがん)
四世  通元智達禅師(つうげんちたつ)
五世  籌山智丈禅師(ちゅうざんちじょう)
仮住  芝巖主愼禅師(しがんしゅしん)
六世  橘洲宜侃禅師(きっしゅうぎかん)
七世  鴎洲智叢禅師(おうしゅうちそう)
八世  寛庭宗清禅師(かんていそうしん)
九世  臨川宗照禅師(りんせんそうしょう)
十世  庭山宗柏禅師(けいざんそうはく)
十一世 彰峰守信禅師(しょうほうしゅしん)
十二世 梁山祖棟禅師(りょうざんそとう)
十三世 巍山喬雄禅師(ぎさんきょうゆう)
十四世 覚夢通棟和尚(かくむつうとう)

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